Omoidoriを使って、1977年撮影のスーパーカー写真をデジタル化
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PFUのiPhoneアルバムスキャナ「Omoidori」を使って、1977年にプログラムEE付きのカメラで撮影し、FUJICOLOR 77で印刷した写真をスキャンしてみました。
ナカバヤシのフエルアルバムにまとめられた写真は、フィルムで保護されていて、このフィルムを剥がす事なくデジタル化出来るのはとても便利だと思います。
写真は、1977年に名古屋市国際展示場で行われた「ワールド・スーパーカーコレクション」で撮影した、ランボルギーニ社の「カウンタック LP-500R」です。
このLP-500Rは、日本初公開だったようです。
いまでこそフェラーリの方が人気ですが、当時はランボルギーニの方が人気が高かったと記憶してます。
ランボルギーニ人気は、幻のスーパーカー「ランボルギーニ・イオタ」の存在が大きかったように思います。
この展示会でもレプリカJotaは展示されていました。
よく見ると青い色をしているので、レプリカの「Jota SVR」は、最初青かったのかもしれません。
スーパーカーブーム時代、実際に街で走っているのを見かける機会が多かったのが「ランボルギーニ・ミウラ」だったように思います。
ミウラは、1973年10月にP400SVが製造されたのを最後に生産されておらず、新車は存在しないのですが、それでもかなりの人気がありました。
写真として残っていたフェラーリは、グランツーリスモ「フェラーリ・365GTB/4」でした。
ピニンファリーナのレオナルド・フィオラヴァンティによるスタイリングがとにかくクラシカルで美しく感じていました。
もう1つ好きだったのは「ディーノ・206/246」で、生産時期が1968年〜1969年と古く、日本に正規輸入されたことが無かったため、珍しさを感じていたように思います。
スーパーカーは、高額で高性能スポーツカーという雰囲気が漂う中、比較的ラグジュアリー感を出していたのが「マセラティ・カムシン」だったように思います。
この高級スタイルは、現在のマセラティでも維持されているように思います。
1977年に発売開始された、ポルシェ「911ターボ」も展示されていたようです。
前が7J16inホイールに205/55VR16タイヤでトレッド1,438mm、後が8J16inホイールに225/50VR16タイヤでトレッド1,511mm。という低扁平率で太いタイヤを履いた姿は、とてもスパルタンな印象を受けました。
トヨタが誇るスポーツカーと言えば「トヨタ・2000GT」で、1974年に起きたスーパーカーブームの4年前に生産中止になっていた車です。
その後、絶版車で、販売価格が高額だったということから日本のスーパーカーと呼ばれましたが、車体の小ささから、憧れの眼差しで見られる車ではなかったように思います。
取り込んだスーパーカー写真は、タイセイテックが販売する、韓国SKテレコムが開発・販売しているレーザー投写型Wi-Fi対応小型プロジェクター「Smart Beam Laser」を使って壁投影して楽しんでみました。
わざわざテレビまで移動しなくて、どこでも投影して見られるのは、手軽で便利だと思います。