WWDC2016 KeyNoteスピーチレポート:今ある姿をはっきりと見せるApple
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AppleのTim Cook CEOによるOrland Floridaの犠牲者への黙祷から始まったApple開発者会議「WWDC2016」である。
350名の学生スカラーシップ参加者を熱烈に歓迎し、アプリケーションの販売状況の説明をする。投資家やジャーナリストは眼中にない事をはっきりと示した。
2014年にWWDC参加のチャンスをもらい、しっかりとApple全体の雰囲気を見てきたつもりであるが、今年はAppleという企業理念のおさらいと説明は無い。
全世界の開発者と共に前に進んでいる事を確認できているという自負にあふれている感じがする。
Tim Cook CEOの言いたい事は一つだ。「Appleはあなた方優れた開発者と共により良い世界を創るための努力を絶え間なく続けていく」という事である。
信じがたい奇跡や使えばすぐに利益の出る新機能は無い。世界を変えるのは我々の協力によって成しうるのであるという強いメッセージが聴こえてくる。
これはSteve Jobs氏が禅を通じてたどり着いた境地である。
世界は我々自身の心の中にあり、静かに目を閉じて自分の心の声をしっかりと聴けば宇宙全体を見渡して、より良い世界を未来に向かって創れる。
すべての情報を集めて偏執狂のように分析をする必要はないのである。
そしてより良い未来は子供たちのためにある。
watchOS 3
watchOS 3は、OSそのものの大幅なパフォーマンス向上を行う。今までの実績から予備的な機能を整理し、OSをすっきりとさせたのであろう。
最初からこうしろという声もあるであろうが、メーカーと全世界の開発者との協同作業を重視し、慎重に進めてきたが故の積極的遅延である。
F1カーのように規定周回数を走れば壊れてもよいという製品はもはやAppleには作れないのだ。
Dockに似た機能が追加され、アプリケーションの選択は画期的に便利になった。手書き入力サポートによって絵を描いたり、中国語の入力ができたりする。
緊急連絡機能の強化は、命に関わる事態にApple Watchが対応しようとしているものである。あらかじめ設定した緊急連絡先と、言語設定と位置情報から世界中の緊急連絡電話番号を決定し、連絡をとってくれる。
Health機能では、Activity Monitor機能を強化、シェア機能を追加し、よりアクセスしやすくし、心の健康を保つのに重要な働きをしていると言われている呼吸を整える機能を追加した。実時間の心拍数モニター機能など、APIも強化される。
車いすユーザーへのサポート研究成果もアプリケーションとして実装され、これからこういう研究成果のフィードバックを積極的に行うという方針説明になっていた。
研究者もResearchKitを使って是非このコミュニティー全体に波及するアイディアを実現する大きなモチベーションになるであろう。
tvOS
Apple TV (4th generation)用の「tvOS」は、コンテンツをさらに充実させ、Siriのサポートの下、チャンネル契約情報の一元化を含め、映像コンテンツを扱うプラットフォームとしては最高に良いものを提供している。さらにネットワーク関連フレームワークを解放し、開発者がフレームワークレベルでのアクセスも可能とした。
macOS Sierra
名前が「macOS」に変更(戻る)された。長きに渡ったMacとOS Xの確執もすっかり消え去り、NeXTの技術を使ったOS XはmacOSに戻ったわけである。
Macに搭載されるOSとしてふさわしい名前になってもはや文句を言う人はいない。漢字Talkやハイパーカードがない事を知るものはもういないのだ。
次期macOSは「macOS Sierra」である。
iOSデバイスとの相互接続性がさらに強化され、MacとApple Watchの組み合わせで操作性を向上させるなど、Appleエコシステムの中核にあってコンテンツを創り出すプラットフォームとして確固たる地位を持ち続ける。
フレームワークの強化もなされ、Tabがどこでも使えるようになり(おそらくWindowクラスに追加される)、SiriもmacOSで利用できる。
Siriはアプリケーションフレームワーク毎にAPIが解放され、開発者は幅広い範囲で自分のアプリケーションで利用する事が出来る。
Siriのサーバーへのプリミティブなアクセスは公開されないと思うが、いままで出来なかったアイディアがたくさん実現されるであろう。
iOSデバイスとの連携でMac上でもWebを通じてApple Payが使えるようになる。お互いのデバイスの連携によってこれからもたくさんの機能が実現されていくのである。
iOS 10
次期「iOS 10」は、今まで最大の改革がなされており、全面的な改良が施されている。
SiriのAPIの公開はiOSの紹介の中で発表された。
大きな改良がなされたQuick Typeで、入力の際にAIの技術のうちディープラーニングを取り入れ、予測精度が向上している。
写真アプリケーションでもAIを利用して自動的に検索結果を埋め込む機能がいくつも追加されている。
地図アプリケーションも性能向上とAPIの公開がなされ、複合的な地図利用アプリケーションを作る事が出来る。
Apple Musicも全面改良(完全に書き直しと言っている)され、すっきりしたより直感的なUIとなり、楽しく音楽を楽しむ環境を整えている。
NewsやHomeKit、そして電話機能も大幅に改良されており、便利になっている。
これは主に中国市場での問題を解決する改良策で、中国市場でのベンダーとの協力も大幅に強化されている。
iMessageも大きな改良がなされ、非常にたくさんの新機能を追加している。今までとは全く違う楽しみかたが出来る。
iMessageに拡張機能を追加するAPIが公開され、メッセージのやり取りの中でサードパーティーの機能を利用して新しいビジネスを生み出せる。
LINEではとても人気のある任意のスタンプ(Appleはステッカーと呼んでいる)が、iMessageでもたくさん流通するに違いない。
プライバシー
Appleはユーザーデータを可能な限り保護し、通信も可能な限り暗号化して提供する。そしてユーザーの操作履歴はAppleのビジネスでは一切利用しない。
結果的に解決したが、Appleは政府の圧力にも屈しないのである。
株主・投資家の一部は得られたユーザー情報を利益に転化する事を望む事もあるだろう。しかしAppleはこれを承諾しないのである。
Appleは、このプライバシー技術に「Differential Privacy」を導入すると説明した。
ユーザーから集める個人を特定できるデータを分析する際に、プライバシーを保護しつつ、正確な分析に役立つように対策する技術の一つで、高度な統計学と集合理論、暗号論、データベース技術を駆使して提供するものである。
入力データはend-to-endの暗号化等によって保護できるが、特に問題になるのは、分析から得られる統計データのプライバシー保護対策である。ここにDifferential Privacy技術が使用される。
Differential Privacy技術では、出力データに意図的にノイズを入れたり、パーソナルデータを書き換えたりする。
つまり、統計データを得られてもそこから個人が特定できないようにするもので、なおかつ統計データの有効性を損なわないように「個人を特定しなくても有効になるような出力データに変える」というものである。
統計データを出力するための「クエリ」と呼ばれるデータベースへの出力条件設定に得られるデータの分布確率に応じてノイズを混入させ、データの有効性を保ちつつプライバシーを保護する。
また、出力データ参照者が特定でき、入力者と同一である場合などは、一定時間内での制限や、専用のチャネルの使用、結果のサーバー・データベースからの削除の保証などでも対処出来る。
例では、多数の受験者のいるテストの結果から平均点を求める例が挙げられている。この場合どの受験者がどんな点数を取ったか、どの地域の受験者の点数分布が高いかなどを知る際にきめ細かな対処が必要になる。
もっとデータを盗用する動機が高い例として、年収や購入履歴がある。このような価値の高いデータを盗もうとする場合、盗む側も時間と費用をかけて検索と出力の穴を探しにくるのである。
これをできるだけ安全に運用するためにAppleはまず、ユーザの購買履歴をそもそも保存しないとか、決済手段(クレジットカード情報)を別のものに置き換えるなどして厳しく保護している。
そして、Appleはたとえ政府機関からの犯罪捜査の要請であっても不用意にプライバシーデータが漏れる恐れのある対策は断固拒否したのである。
より深く知りたい場合の、詳しい例と詳しい説明は、J-STAGEの「注目のプライバシーDifferential Privacy」(PDF)を参照していただきたい。
Swift 3/Swift Playground
実は今日の最大の目玉は「Swift 3」の発表と、「Swift Playground on iPad」の無償提供の発表だった。
Swift PlaygroundはXcodeで提供されていた開発環境と実行環境で、これを子供たちがプログラミングを学ぶ道具として提供する。
Steve Jobs氏は、すべての人がプログラミングを学ぶべきだとずっと以前(1995年のインタビューでも)から言っている。
プログラミングは自分の考えをまとめて記述してみるのには適したツールである。自発的には何もアドバイスしてくれないコンピュータに自分のアイディアを教え、そのアイディアがほんの一部実現する様を見る事が出来る。
本レポートの前半でも述べたが、Appleは開発者と協力してより良い未来を創ろうとしている。その未来は子供たちのものである。
我々がインターネットとWebによって情報へのアクセスの方法に革命が起き、変わらぬ過去の情報を日々刻々と変わってゆく我々自身との間に確固たる整合性を保つ事が出来る。
未来はさらにコンピュータを中心とした科学技術のおおいなる発展によって、人間に迫る知能を有した道具を駆使して今よりずっと速い、そしてもはや人間には予測不可能な未来が開けていく可能性がある。
Appleはこの30年〜100年後の世界を見据えて、未来の為に準備を始めている。来年以降は再生可能エネルギーを利用した新社屋も公開される事であろう。
人々の考え・物の見方の変化を先取りして、今ある我々の姿をはっきりと見せてくれるのがAppleという企業とそれにかかわる開発者であることを自信をもって感じさせてくれるイベントであった。
執筆:株式会社 iSoul代表佐藤徹氏
写真:@taromatsumura / @tarosite